イジメ~まだそんなこと言ってるの?

これだけ「イジメはいけない」「差別はいけない」と繰り返しているのに、

なくならないどころか、どうして逆に増えているんですかね?

苛め自殺が初めてマスコミに登場したのは、80年代からです。

それ以前には殆ど見られないというのも、面妖な話ですね?

 

団塊世代の人達の中学時代、

ひとクラス50人定員で、一学年24クラス、全校で72クラス。

つまり、学校全体で3600人、朝礼でラジオ体操もできなかったそうです。

当然「友達百人出来るかな」なんて気持ち悪いことを考える子は皆無で、

腕力のある者は腕力を使い、ない者は徒党を組み、知恵を絞り、

みんなそれぞれが生き残るのに必死だだたとのこと。

だから団塊世代は、それなりに鍛えられ、逞しくなりました。

もちろんイジメはあったそうです。それもエゲつない奴が。

学校は、力が支配するサバンナ状態で、誰も助けてくれません。

だいいち、教師が生徒の人格を傷つける差別的暴言を吐き、

日常的に理不尽な暴力を振るってたんですから。

「子供の権利条約」なんて高尚な理念は聞いたこともなくて、

塀の中は「日本国憲法」の及ばない無法地帯。

それでも「苛めを苦に自殺」した生徒は皆無でした。

それが、今ではありふれてしまった「苛め自殺」。

失くしたいと真剣に思うのなら、

その原因を、before & after で考えて見ましょう。

どんな結果にも、必ず原因というものがあるからね。

それには、70年代、80年代とそれ以前の時代を比べることです。

「平和教育」が叫ばれ「差別糾弾」が全国の学校に吹き荒れ、

「人権教育」「同和教育」が本格化したのが、この時代。

「人を傷つけるような言葉を言わないようにしよう」

という猫なで声が、全国の学校で一斉に言われ始めました。

そうです、「結果」には必ず「原因」があるのです。

これらの風潮と、それ以前のどこかに、因果関係が見えてきませんか?

この因果関係に気づかない限り、苛め自殺は絶対になくならないでしょうね。

あ、因みに外国の学校でも、当然苛めはありますが、

それを苦にして自殺する子は皆無です。

コメントを残す